移住者インタビュー – 西村早栄子さん

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PLUS CASAが拠点とする鳥取県智頭町は、近年移住者が増える一方で空き家も増え、その利活用が社会問題化してきています。私たちもこの問題の解決に建築家として何か尽力できないかと考え、活動しています。今回ご紹介するのは、私たちが施工者として改修工事を行った西村邸です。空き家となった古民家を改修して智頭町に移り住み、自分らしく生き生きと暮らされている西村さん。なぜ智頭なのか、なぜ古民家なのか。彼女にインタビューしました。

この家があるから、幸せ

西村さんのお宅を訪問したのは、2月のはじめ。冬本番の寒い寒い時期だ。築100年近くになる古民家をリフォームした西村さんの家は、標高300メートルを超える鳥取県智頭町大屋にある。玄関を入るとすぐに薪ストーブが目に入った。太い薪から大きな炎が上がっている。この時期、西村家のストーブの火が落ちることはない。
僕が寒さにかじかんだ手を薪ストーブにかざしていると、
「これをつけても、室温は14度までしか上がらないんですよ」
と、西村さん。よく見れば木製の窓枠にはわずかに隙間がある。手を向けると、手のひらに外の冷たい空気が当たった。

「この家に暮らしはじめて何が変わったかと言えば、靴下ですよ。ウールの暖かいのしか履かなくなりました」
入居当初は吹き抜けにしていた天井も、梁を戻してその上に断熱材を置いた。室温の低下を抑える工夫だ。それでも寒い日は、小さな和室のコタツに潜り込む。数年前には大寒波が襲来し、気温はマイナス15度前後まで下がった。自宅の水道管はおろか、土中にある太い排水管まで凍って、さすがに大変だったという。
「でも、何の問題もなく、私は幸せです」
けれど、西村さんはケロッとして僕にこう言うのだ。

東京生まれの西村さんは、東京農大や琉球大学、京都大学、ミャンマーなどで林業や環境学を学んだあと、夫の出身地である鳥取県で、公務員(県の林業技師)として働きはじめた。2003年のことだ。

祖父母が暮らしていた高知県の古民家での、幼い頃の幸せな体験から、いつか自分も同じように暮らしたいと考えていた西村さんは、当時住んでいた鳥取市内に古民家を移築する計画を立てていた。学歴や職業からも分かるとおり筋金入りの山好き、林業好きである彼女と、同じく山好きの西村さんのご主人は、いずれ山も購入するつもりでいた。仕事のある平日は市街地の古民家で過ごし、週末は夫婦ともども、山仕事を楽しむ生活を想像していたという。

しかし、移築には大きな費用がかかることが分かった。そして、自宅周辺の環境が大きく変わりはじめたこともあって、西村さん夫婦は引越しを考えるようになる。
「じゃあ、山にある古民家に住もうか」

4世紀近い林業の歴史を持つ智頭町は林業界隈では有名だ。当然、西村さんは住む前から智頭町のことを知っていたし、仕事を通じて何度も訪れていた。そんな中で、一軒の古民家と出会い、移り住むことになる。

彼女は、林業に関わる仕事、憧れていた古民家、そして山仕事ができる環境、全てを手に入れたのだ。

しかし、ここで予想を超えたことが起きて、気に入っていた仕事を手放し、自身の事業を複数、起こすことになる。彼女の人生の舵は大きく切られるのだ。

「移住してみたら、思っていた以上にここでの子育てが素晴らしくて。あまりにも素晴らし過ぎて、3人の男の子を育てる斜向かいの京ちゃんと一緒に森のようちえんをはじめちゃったんです」

2009年、西村さんは智頭の親仲間と一緒に、森のようちえん「まるたんぼう」を立ち上げた。樹木に熊の爪痕が残り、鹿の骸が朽ちていく様を目の当たりにする……そんな本物の森の中で運営される「ガチの」森のようちえんは評判となり、「まるたんぼう」はたくさんの子どもたちで溢れることになった。

4年後の2013年に姉妹園「空のしたひろば すぎぼっくり」を開園。続く2014年には卒園した子どもたちが通える場所をとサドベリースクールを開校する。これらを求めてやってくる移住者も年々増えていく。そこで彼らの住環境をサポートするため2016年にシェアハウスを立ち上げた……何が彼女をここまで突き動かすのか。活動的な人であることは間違いないのだが、このエネルギーは尋常ではない。正に怒涛だ。

「環境が変わると、ストレスだったものが喜びになることってあるんですね」
西村さんは昔を懐かしく思い返すように話しはじめた。

「京都の住宅密集地のアパートに住んでいた頃、子どもの大きな声は、私にとってストレスでした。近所の迷惑になるんじゃないかと気を揉んだ。でもその一方で、子どもには伸び伸び過ごしてほしいなとも思っていた。相入れない状況に苦しんでいたんです。でも、ここで暮らすようになってからは子どもの大きな泣き声は親の喜び、ただそれだけになったんです。おお、おっきな声、今日も元気だ!って」

自然の中で駆け回り、つかまえた蛙を手に屈託のない笑顔で帰ってくる子どもたち。自分の目が届いていなくても、近隣の人たちが「あの辺りで見かけたよ」と気にかけてくれる。

西村さんが移住前に抱いていた子育て環境への期待は完全に満たされていた。そしてそれが、森のようちえんよってさらに高まる。周囲へと波及していく。「まるたんぼう」を目指してやってくる人たちは当然のことながら、西村さんと同じような環境を求めている。話してみると、ほかのことでも価値観が似ていて、共感しあえた。

「価値観の似た人たちとつくるコミュニティの中で暮らしながら子育てしたかったんだ、自分はそれを潜在的に求めていたんだと、後になってから気づきましたね」

雨や雪が降っても毎日森に通い、時には危険に思える状況でも大人は見守りに徹する。そんなポリシーのようちえんに子どもを通わせる親たち。言葉を選ばずに言えば、「少し変わった大人」たちだ。しかしだからこそ、彼らの通じ合う部分は太くて強いし、子どもたちが大きくなってから、つまり、当初の移住の目的が達成されたあとも、みな智頭町に住み続ける。

とはいえ。とはいえ、だ。日本で最も人口の少ない都道府県である鳥取県。その中でも智頭町は山間部に位置し、過疎も進む。自然が近い(というより、その真ん中にある)ということは、都会や市街地では考えられない問題も起きる。ある意味、暮らしの難易度は高い。

「だから自分で、ここで暮らすんだと決めることが大切なんです。森のようちえんで大切にしていることの一つに、『自己決定』があります。子どもたちに自分たちのことは自分たちで決めさせるんです。大人からの指示ではなく、自分たちで決めたことは幼い子どもでもしっかりやり通せる。私たち大人も、自分たちの生き方を自分たちで決めなきゃいけないと思うんです」

古民家は幸せの記憶、象徴で憧れだったと西村さんは話した。しかし、彼女の話を聞きながら思いを巡らせていると、古民家を買い、きちんと手を入れて暮らしはじめたことは、彼女たちの決意表明だったに違いない。「自分たちはここで暮らしていく」という強い決意。家族や地域に、そして自分に向けての。そう思えてくる。

「この家での暮らしの満足度は異様に高いんです。移住してからの私の活動の原動力はこの家から生まれてるんじゃないかと思うくらいです。その根っこになっているのは、やっぱり、自分たちでここに住むと決めたことだと思う。自分で決めたから、人から見たら少し大変に見えるようなことでも、私はそれを幸せだと思えるんだと思う。そう、家が少しくらい寒くても、だから私は幸せなんですよ(笑)」

鳥取の建築家PLUS CASA 移住者インタビュー - 西村早栄子さん

西村早栄子さん
特定非営利活動法人智頭の森こそだち舎代表(HP)。
東京都出身。東京農業大学林学科卒業。琉球大学農学研究科生産環境学部で修士号、京都大学農学研究科熱帯林環境学講座で博士課程修了。京大在学中、1年半ミャンマー留学(熱帯林の研究)。2003年、林業技師として鳥取県入庁(12年退職)。06年智頭町に移住後、「智頭町森のようちえん まるたんぼう」(09年)、「共同保育型森のようちえん 空のしたひろば すぎぼっくり」(13年)、「新田サドベリースクール」(14年)、「こそだちシェアハウス はじまりの家」(16年)を設立。

西村邸をご紹介します

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鳥取県智頭町大屋、築100年近くになる古民家をリフォームした西村邸外観。
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西村邸の玄関を入ってすぐに設置された薪ストーブ。冬が厳しい高地にあるため、稼働率は高い。

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薪ストーブの前からキッチンを眺める。スクエアなレンジフード、洗練された書棚のディスプレイで「ここは古民家?」と頭が混乱。

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「大人数が集まれるように」導入された大型のキッチン。ガスは5口もある。
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ダイニング、囲炉裏端、和室と続く。障子の向こうは縁側、前庭で、飼い犬の「むう」(バーニーズマウンテンドッグ)が自由に行き来できる。

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囲炉裏端から見たダイニング、キッチン。囲炉裏上の天井は、冬季だけ設置する断熱材。古民家らしい、がっしりとした太い梁が見える。

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洗面所と浴室は増築した。床暖房が設置済み。

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浴室は薪で沸かすこともできるハイブリッド仕様。

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