高断熱・高気密住宅(NE-ST)と薪ストーブは共存できるのか

高断熱・高気密住宅(NE-ST)と薪ストーブは共存できるのか

PLUS CASAの代表、小林とキャンプをしていた時のこと。「和多瀬さん、NE-ST(ネスト)ってご存じですか?」と、お酒で少し顔を赤らめた小林が尋ねてきた。「はい、聞いたことぐらいはありますけど」と返すと、少し被せ気味に「いや、実はね…」とNE-STに対する意見を滔々と語りはじめる小林。

NE-STとは、鳥取県が独自に定める高断熱・高気密住宅「とっとり健康省エネ住宅」の愛称。鳥取県は2030年までにNE-STが新築木造住宅の標準(実施率100%)となることを目指し補助金制度を設けているほか、県のWEBサイトやチラシ、研修会で情報発信するなど普及に力を入れている。

高断熱・高気密な住宅は、少ない電力で家の中を冷ます/暖めることができるため省エネで環境に優しく、部屋による室温の差異が少ないためヒートショックなど命に関わる事故を予防する効果も期待されている。そのぶん費用も高くなるが、前述のとおり補助金も活用でき、使用電力が低下するので最短5年で費用の回収も可能。

と聞くと悪いところなど特にないように思えるのだが、小林の語りは止まらない。どうやら彼の愛する薪ストーブが関係しているらしい。「小林さん、そんなに言うならNE-STを担当している方と直接話してみたらどうですか」と提案すると「ぜひ話したい」と目の据わった小林。後日、鳥取県庁で働く友人を介して対談を申し込んだところ「いいですよ!」とご快諾いただき……というわけで少し前置きが長くなりましたが、以上のような経緯から、PLUS CASAと鳥取県NE-ST担当者の対談、はじまります。


対談参加者

鳥取県生活環境部くらしの安心局 すまいまちづくり課 企画担当係長 槇原 章二氏鳥取県生活環境部くらしの安心局 すまいまちづくり課 企画担当係長 槇原章二

PLUS CASA 小林和生氏PLUS CASA
小林 和生

PLUS CASA 小林利佳氏PLUS CASA
小林 利佳

書記和多瀬 彰聞き手・編集
和多瀬 彰

NE-STが生まれた経緯、どんな課題を解決するために考えられたのかなど、シロウトの和多瀬が鳥取県担当者の槇原さんに詳しく聞いております。NE-STって何? という方はこちらからお読みください。

鳥取の建築家 PLUS CASA HOME BASE
対談場所となったPLUS CASAの自邸「HOME BASE」。薪ストーブの暖かさを感じながらの対談となった対談場所となったPLUS CASAの自邸「HOME BASE」。
薪ストーブの暖かさを感じながらの対談となった

小林和生(以下、和生):今日はありがとうございます。色々お聞きして、勉強させてもらえたらと思っています。

槙原さん:こちらこそ、どうぞよろしくお願いします。

和生:今日に至る経緯もあって、もしかしたら僕たちがNE-STに対して否定的な立場をとっていると思われているかも知れないんですが、実際のところ、そういうわけではないんです。僕たちもこれまで数件、NE-STに準拠した住宅(以下、NE-STな家と表記します)を設計していますし。

槙原さん:そうなんですね。

和生:はい。クライアントもすごく暖かいと喜んでくださってます。ただ、改善するべきだと感じている点もあります。今日は県の担当者の方と直接お話しできるめったにない機会なので、クライアントから依頼を受けて設計する僕らの立場からの意見をお伝えできればと。

槙原さん:はい、私もぜひ聞いてみたいです。

建築家が指摘するNE-STのデメリット

和生:まず、工事費用が高くなってしまうこと。T-G1ならまだしも、T-G2やT-G3は現実的ではない気がします。それぐらい高い。当然、クライアントの予算は限られているので、コンパクトな住宅になってしまいがちです。

槙原さん:そうですね。確かに工事費は高くなりますが、NE-STな家の場合、使用電力を抑えることができるので、電力料金が安くなったぶん、工事費の掛かり増し費用を回収できるという試算もあります。

鳥取の建築家 PLUS CASA NE-STを施工した場合の掛かり増し費用の目安※延床面積120㎡の住宅において、家全体を冷暖房する全館連続運転という冷暖房条件の場合の試算○表内「冷暖房費削減率」=国の省エネ基準と比較した数値○表内「掛かり増し費用概算」=国の省エネ基準からの掛かり増し費用

槙原さん:費用回収後はランニングコストが下がってむしろお得になりますが、建てる際の予算をそのぶん増額すればいいというのは簡単に言えないことだとは理解しています。

鳥取の建築家 PLUS CASA NE-STと国の省エネ基準のランニングコストの比較鳥取の建築家 PLUS CASA NE-STと国の省エネ基準のランニングコストの比較

和生:加えて、窓が小さくなりがちで窓景が楽しみづらかったり、製品の選択肢がまだまだ少ないなど、デザインの制約が大きいのもクライアントにとってはデメリットかなと。

槙原さん:おっしゃるとおりですね。単に断熱性能値を下げることだけに目を向けてしまうと、ご指摘のケースもあると思います。

和生:最後に、NE-STな家では使用できる暖房器具が限られる、という点が挙げられると思います。燃焼系の暖房器具は使えませんよね。

槙原さん:NE-STな家は気密性が高いので、石油ファンヒーターのような室内に二酸化炭素を排出するタイプの暖房器具は使用しないことをお勧め※1しています。

和生:ここについては意外と知らない方が多い印象です。エアコンが苦手だという方も多いので、ここはもっと周知すべき点かと思いますね。

槙原さん:そうですね。

和生:そして、この暖房器具に関連して、僕たちがもっとも大きなデメリットだと感じているのが、薪ストーブについてなんです。

NE-STな家で薪ストーブは過剰設備になる?

和生:薪ストーブ屋さんや他の建築家から聞いた話では、性能を抑えた薪ストーブだとしてもNE-STな家には過剰設備になってしまう。つまり、薪ストーブは暖かくなり過ぎて、NE-STな家では使いにくいというんですね。

槙原さん:なるほど。

和生:ご存じのように薪ストーブは地元の資源を燃料として使うことができますし、しかもカーボンオフセットです。

槙原さん:NE-STの目的はカーボンオフセット、脱炭素ですから、目的は合致しますね。

和生:NE-STな家は消費電力を抑え省エネとなりますが、NE-STと薪ストーブの組み合わせはカーボンオフセットをより推し進めることができると思うんです。ところが鳥取県はNE-STが2030年までに新築木造戸建て住宅におけるスタンダードになることを目指していますよね。仮にNE-STが100%になった場合、そしてもしも薪ストーブが本当に過剰設備になるなら、NE-STな家に薪ストーブを設置する人がいなくなってしまう気がするんです。

槙原さん:確かにNE-STのT-G3などに薪ストーブを使うとオーバーヒートしてしまうかも知れませんね。T-G1でいい場合もあると思います。

和生:同じ2030年には、国の基準であるZEH(ゼッチ)が義務化になりますよね。

槙原さん:はい。NE-STはZEHよりも高い基準ですが、ZEHとNE-STの一番低いレベルであるT-G1は断熱性能だけで言えばほぼ同じです。先ほどおっしゃられたように、鳥取県は2030年までに新築においてNE-ST100%を目指していますが、ZEHが義務化されれば、いずれにせよ断熱性能の基準が引き上げられることになります。

鳥取の建築家 PLUS CASA NE-STとZEHの基準一覧

小林利佳(以下、利佳):先日、クライアントの方が県主催のNE-STの相談会に参加されたんですが、そこで「薪ストーブを入れるなら、NE-STは(断熱性能が)過剰になるよ」と言われたようなんですね。薪ストーブかNE-ST、どちらか一方を選択しなければいけないのか、と感じられたようなんです。

槙原さん:なるほど。

利佳:そのクライアントの方は、薪ストーブを選択した場合NE-STは必要ないと言われたけれど、県の基準にあわない住宅を建ててもいいものだろうかと真剣に悩まれていました。「薪ストーブを入れた場合は、これぐらいの性能でNE-ST同等」のような発信を鳥取県からしてもらうことができれば、クライアントも安心して薪ストーブが導入できるんじゃないかなと。

槙原さん:カーボンオフセットを実現するための方法や選択肢は多様であるべきだと思います。

和生:鳥取県の広報力が凄くて、暖かい家=NE-STという認識がかなり広まっていると感じます。それはそれでとても良いことだと思う一方で、薪ストーブを検討されている方にとってはお話したような課題があると感じているんです。そこで今日はひとつお願いしたいことがあるんですよ。

NE-STに薪ストーブを前提としたグレードが新登場?

和生:NE-STの基準には3段階、T-G1、T-G2、T-G3がありますよね。これらの基準は、エアコンを使う前提になっていると思うんですが、薪ストーブを使った場合の基準を新たに設けてもらえないかなと。例えば、ファイヤー(Fire)のFを使ってT-GFとか、ストーブ(Stove)のSでT-GSとか。

鳥取の建築家 PLUS CASA NE-STにTGFを追加!※T-GFの冷暖房費削減率はPLUS CASAが算出した概算値

槙原さん:なるほど、なるほど(笑)。

和生:ZEHとNE-STのT-G1の断熱性能はほぼ同じだと先ほど話が出てましたが、個人的に、薪ストーブに気密性は必ずしも必要ないんじゃないかと感じています。もちろん検証は必要だと思いますが、T-G1レベルの断熱性能で、気密性能は無しとしたT-GF、T-GSみたいな基準があれば、クライアントも悩むことがなくなるんじゃないかと。

槙原さん:薪ストーブを使う人が増えれば、県産材の需要拡大に繋がる可能性もありますしね。NE-STの基準に、薪ストーブなど、どんなエネルギーを使うのかといった視点を入れることも考えるべきかも知れません。検討してみたいですね。

和生:ありがとうございます!

槙原さん:これまで代替エネルギーと言えば太陽光のような再生エネルギーでしたけど、薪ストーブとかバイオマスとか、それこそ自然が多い鳥取県が進めるべきところかも知れませんね。

和生:同感です。

薪ストーブのある家に気密性能は必要か

槙原さん:確認しておきたいのですが、薪ストーブで気密性能が不要な理由は何だとお考えですか?

和生:一つの例として、NE-STのように気密性の高い家だと、そしてコンパクトな空間になればなるほど、薪ストーブを使う際に着火しづらくなるようなんです。これは薪ストーブ屋さんから聞いた話なんですが。

槙原さん:着火しづらい。

和生:はい。着火の際、多くの酸素が必要となるんですが、NE-STな家は高気密のため室内が負圧になっているので、薪ストーブの中に空気が流入しづらいようなんです。そのため、着火時は窓を開ける必要があるとかで、ユーザーからクレームが絶えないらしいんですね。

槙原さん:そうなんですか。

和生:最近の薪ストーブは屋外から外気を給気して、燃焼ガスや煙は外に出すという仕組みのものもあり、そうした製品では床下点検口を設ける必要があるんですが、これがもうどうやっても開かない。で、窓を開けるとビューッと室内の空気が外に出ていって、点検口がようやく開くと。

利佳:そもそも気密性能というのは、結露を防ぐためのものですよね。薪ストーブを使うと空気が乾燥するので、壁の中の湿度が高まることはないと思うんですよね。

槙原さん:NE-STの気密性能を設けた根拠としては、気密性が低いと隙間から空気が入って室内の空気が動いてしまう、暖かい空気が移動して温度差のある壁などに当たった場合に露点に達して結露してしまう、これを防ぐために気密性が必要という考え方なんですね。

和生:はい。

槙原さん:先ほどの薪ストーブの着火ができない、点検口が開かないという話ですが、薪ストーブのための給気口が設置されているかという点は検証してみたいですよね。一時的に気密性を下げるのであれば、壁の隙間じゃなくて給気口でもいいわけですから。

和生:おっしゃっていることは理解できます。

槙原さん:薪ストーブに必要な給気と排気・換気のバランスが設計に組み込まれていない可能性もあるかも知れません。NE-STに設ける24時間換気の場合、一時的にしか使わない換気、例えばキッチンの換気扇なんかが計算から漏れていると、換気扇を回すと急に玄関が開かなくなったりとか、そういうことが起きるわけですが、これを防ぐには換気扇専用の給気口が必要です。同じように薪ストーブにも専用の給気口が必要になってきます。

鳥取の建築家 PLUS CASA 薪ストーブには専用の給気口が必要鳥取の建築家 PLUS CASA 薪ストーブには専用の給気口が必要

和生:僕たちが取引きしている薪ストーブ屋さんは、専用の給気口では着火や点検口の問題は解決しないとおっしゃっています。実際、薪ストーブ専用の給気口が設置されているにもかかわらず、やはり着火しづらいというクレームは少なくないようなんです。

槙原さん:私が知っている業者の方から聞いた話では、高気密住宅に薪ストーブを設置する場合、外気導入※2のために給気口を設けるのは常識であり必須、薪ストーブメーカーも専用給気口の設置を示しているとのことでした。

和生:うーん、僕たちが聞いた話とは合致しないですね。一度、この問題については県を中心にしっかり議論、検証してほしい。その際は、是非僕たちも参加させていただきたいです。

利佳:気密性能や基準の要不要論とは違う、異なるアプローチによる対策の可能性を模索したいですね。一律に不要とすると不安を感じるクライアントもおられると思います。技術論に終始するのではなく、薪ストーブを含め、あくまでクライアントの選択肢を広げたり、安心してそれを選択できるような情報提供を目的にしたいですね。

NE-STと薪ストーブは共存できるか

槙原さん:ところで、PLUS CASAさんに来られる方は、薪ストーブを入れたいという方が多いですか?

和生:結構多いですね。

利佳:ただ、薪ストーブ自体が安いものではないので、ご予算の関係で諦められる方もおられます。

和生:そのうえNE-STもとなると、相応の予算が必要になります。

槙原さん:薪ストーブを入れられる場合は、T-G1という選択肢もあるのではないでしょうか。県としても何か具体的な例を掲載して発信できるといいんですけどね。NE-STのT-G1に薪ストーブをこんな感じで入れられてます、みたいな良い事例があると。施主の方にも参考になりますよね。

利佳:それが聞けただけでも、今日は収穫です(笑)。

和生:NE-ST=高断熱・高気密住宅と一括りにしてしまうと、薪ストーブ=過剰設備という図式になってしまう気がします。どのレベルの断熱・気密性能が必要かを検討する際に、薪ストーブを使うという条件も加味するべきなのかも知れません。

槙原さん:実は薪ストーブに関する相談って、県の方には届いていないんですよ。もしかすると、施主さんが業者さんに相談した際に、導入事例があまり知られていない状況もあって「過剰設備になるから止めておいた方がいい」というようなかたちで、そこで止まってしまっているのかも知れませんね。業者さんから県に問い合わせるというところまで来ていないので。

和生:冒頭にお話した、僕たちが設計したNE-STな家はT-G2なんですが、実は薪ストーブも入れているんです。その住宅は長野県で、比較的寒冷な地域であることに加えて、内部に吹き抜けがあるなど空間のボリュームも大きいんですね。それがNE-STと薪ストーブがうまく共存できている理由なのかも知れません。

鳥取の建築家 PLUS CASA 高断熱・高気密住宅(NE-ST)と薪ストーブは共存できるのか

鳥取の建築家 PLUS CASA 高断熱・高気密住宅(NE-ST)と薪ストーブは共存できるのか写真: 2点ともに「case-I/O

利佳:住宅の断熱性能基準の高いヨーロッパでも薪ストーブの使用は減ってないようですし、決して相入れないものではないはずなんですよね。

槙原さん:そうですね。ドイツなんかでも薪ストーブやバイオマス暖房機はかなり使われているようですね。特にヨーロッパにおいては電気料金の上がり方が非常に大きいので、そうした選択肢があらためて注目されていると思うんですが、もちろん日本でも同じことが言えると思います。

和生:鳥取県でも平野部と山間部では環境が大きく異なりますし、市街地などのように隣接する住宅との距離が近くて薪ストーブの導入が難しい場合もある。ケースバイケースで暖房器具や断熱・気密性能のレベルを選択でき、それが業者だけでなく消費者にも分かりやすい基準になっているといいですよね。

利佳:多様な要望に対応できる選択肢がある補助制度を、日本国内では鳥取県が先駆けてやってもらえたりしたら、すごくいいなと思います。

槙原さん:そうですよね。そう思います。

和生:今日はありがとうございました。引き続き、よろしくお願いします。

槙原さん:こちらこそ、ありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。

NE-STの成り立ちを聞いてみた

和多瀬:槇原さん、僕、個人的にNE-STにすごく興味があるんですよ。なぜかと言うと、いま僕が住んでいる家が非常に寒くて。

槙原さん:なるほど。リフォームの場合は、Re NE-STですね。

和多瀬:どれぐらいの規模の工事になりますか?

槙原さん:和多瀬さんの家は、いつ頃に建てられた家ですか?

和多瀬:1963年なので築60年以上ですね。断熱ゼロ、隙間だらけです。

槙原さん:かなり費用がかかりそうですね(笑)。

和多瀬:やっぱり(笑)。

槙原さん:ここ10年ぐらいの間に建てられた、現在の国の省エネ基準に準じた家であれば、だいたい2〜3日で終わるような工事でできると思います。

和多瀬:なるほど。たとえば山間部などで見かける昔ながらの古くて大きな家なんかだと、工事期間や経費もかなり大きめになりますよね。

槙原さん:そうなりますね。

和多瀬:僕自身決して若くはないんですが、さらに10年後、20年後のことを考えると、今の寒い家だときっと体に毒なんじゃないかと。

槙原さん:一般的に死亡率は冬に高くなる傾向があるんですが、鳥取県はその増加率が全国的に高いんですよ。

和多瀬:鳥取の冬の寒さは厳しいし、高齢者もたくさん暮らしてますからね。しかも古い家に。

槙原さん:その状況をなんとか改善したいと考えたのが、NE-STやRe NE-STなんですね。

NE-STの成り立ち

槙原さん:昨今は電気代やガス代、灯油代も値上がりしていて大変ですが、以前から日本では、光熱費を抑えるために居間だけ暖めて、風呂やトイレは寒いままというのが一般的でした。

和多瀬:それでヒートショックなんかが起きちゃうんですよね。

槙原さん:そうですね。しかし意外なことに、冬場の死因で最も多いのが、実は熱中症なんです。

和多瀬:え、本当に意外ですね。

槙原さん:風呂から上がって寒い寝室で寝るわけですから、その前にしっかり暖まろうと熱いお湯に長時間浸かろうとします。その結果、熱中症になってしまったり、意識障害を起こして溺れてしまったりするわけです。

和多瀬:僕も熱い風呂に長いこと浸かるから他人事じゃないなぁ。

槙原さん:入浴中の死亡者数は、交通事故による死者数の4倍にもなりますので、本当に注意が必要なんです。

鳥取の建築家 PLUS CASA 入浴中の死亡者数は自動車事故による死亡者の4倍以上※厚生労働科学研究費補助金 入浴関連事故の実態把握及び予防対策に関する研究 平成25年度総括・分担研究報告書、警察庁「平成25年中の交通事故死者数について」

和多瀬:気をつけないと。

槙原さん:しかし、もともとの原因は熱い風呂に長く浸かることではなく、寝室が寒い、もっと言えば家が寒いってことなんです。

和多瀬:確かに。

槙原さん:国も入浴中の死亡事故を減らすために「ぬるめのお湯にしましょう」と呼びかけてますが、根本的な解決にはなりません。

和多瀬:暖かい家であれば、自分が湯たんぽになるくらい暖まらなくてもいいですもんね。

槙原さん:そこで「暖かい家を建てよう」と考えたとします。では「暖かい家」とはなんでしょうか。

和多瀬:そうか、漠然と暖かい家と言っても人によって感覚が違うし、住んでる環境も違いますね。

槙原さん:そうなんです。しかし平成11年(1999年)に国が定めた基準は世界的に見て断熱性能が低く、それを満たしていれば「我が家は暖かい家だ」と胸を張れるかと言われれば疑問符がつく。

和多瀬:それで、ZEH(ゼッチ)が導入されたわけですね。

槙原さん:はい。2020年にZEHが標準となるよう2014年に閣議決定され、2030年には義務化※3されることが決まっています。

和多瀬:それを満たしていれば「暖かい家」と言える一つの基準がZEHによって示されたわけですね。でもなぜ、ZEHという国が推進する基準があるのに、鳥取県独自のNE-STという基準を設ける必要があったんですか?

槙原さん:一つは他に比較できる基準がないことです。環境によって住宅に求められる断熱性能は違うのに、基準が一つしかないというのは消費者にとって良い環境ではないと考えました。

和多瀬:なるほど、それは確かにそうです。

槙原さん:もう一つは、県内で共通して用いることができる基準を定めるべきだと考えたからです。

和多瀬:もう少し説明してもらえますか?

槙原さん:国の建築物省エネ法では、北海道のような寒い気候の1地域から沖縄のように暖かい8地域まで、市町村単位で地域区分※4があります。たとえば鳥取県内の大山町はこの地域区分だと「6」となり、東京23区と同じです。

和多瀬:細かく区分されてるんですね。

槙原さん:ただ、市町村別、というところに問題があるんですね。先の大山町には海から山までありますよね。海抜ゼロに近い沿岸部は地域区分「6」で問題ないんですが、同町には標高1800メートル近い大山もある。環境が全然違うので、一つの地域区分では管理ができません。

和多瀬:なるほど。それがNE-STなら、大山町のどこに建てても性能が発揮できる基準になっているんですね。さらにT-G1からT-G3まで性能が選べると。

槙原さん:そういうことですね。

本当にNE-STにデメリットはないのか

和多瀬:さっきの小林さんたちとの話の中で、工事費用が高くなるという点がデメリットとして指摘されていましたが、県として改善できる点だと認識している点は他にありますか?

槙原さん:工事費用の掛かり増しぶんについては、将来的に電気代の差額で回収できる見込みが大きいこと、補助金を活用していただけることは先ほど説明しました。とはいえ、もちろんここは消費者にとっては負担に感じる点だと思います。

和多瀬:実は今日、ここに来る前に少しググってみたんですよ。そうしたら高断熱・高気密住宅のここがヤバい! みたいな記事が出てきまして。

槙原さん:たとえばどんなことでしょう?

和多瀬:たとえばですね、親子数人が一つの寝室で川の字になって寝ていると二酸化炭素の濃度が高くなってしまい、睡眠の質が低下してしまうという指摘があります。

槙原さん:高気密だから、という指摘ですね。今の法律では、新築では24時間換気する設備の設置義務があるので、人の呼吸で二酸化炭素が高くなるということはありません。

和多瀬:ありがとうございます。続いては、人が暮らしやすい暖かい家は実はダニにとっても快適な環境で繁殖しやすいんじゃないか? という指摘についてはどうでしょう。

槙原さん:ダニは湿度が60%以上になると発生しやすいと言われていますが、NE-STな家でエアコンを使った場合、そこまで湿度が高くなるということはほぼないと思います。

和多瀬:エアコン以外だと湿度は上がりますか?

槙原さん:石油ファンヒーターなどは湿度が上がります。NE-STの最大の特徴は気密性能です。高気密な住宅は結露しづらいので、カビの発生も抑えることができます。

和多瀬:それで、NE-STな家に暮らすことで、アレルギーや喘息などの病気の予防・改善効果が期待できると謳ってるんですね。

鳥取の建築家 PLUS CASA  NE-STによる健康状態の改善率鳥取の建築家 PLUS CASA  NE-STによる健康状態の改善率出典:健康維持がもたらす間接的便益(NEB)を考慮した住宅断熱の投資評価 日本建築学会環境系論文 Vol.76,No.666,2011.8(慶應義塾大学伊香賀教授他)

槙原さん:そういう意味では、薪ストーブとNE-STの相性はいいかも知れませんね。

和多瀬:薪ストーブは湿気を出さないですもんね。じゃあ、本当にあとは費用の問題ですね。NE-STにしていれば薪ストーブを使わない時期でも省エネルギーで快適な環境をつくれるわけですし、費用の折り合いさえつけばNE-STを導入したい、家を建てたいと考えてる方はそう思うのがふつうでしょうね。

槙原さん:現在は世界的にインフレが進んでいるので工事費が下がるということは難しいと思いますが、今日何度も話が出ているように、エネルギー代が高騰していますから長い目で見て、そして経済的なメリットに加えて、健康で快適に暮らせるというところもしっかり考えてもらえればと思います。

和多瀬:僕もRe NE-STしたいです(涙)。

槙原さん:ぜひご検討ください!

構成・文章: 和多瀬 彰

  • 本記事に登場する人物の役職等は本記事公開時(2023年7月26日)現在のものです。
  • 本記事内の表等の資料は、鳥取県NE-STの資料を基にPLUS CASAが作成したものです。

注釈

  1. 石油ストーブの使用上の注意として、日本ガス石油機器工業会のHPには以下のようにあります。「石油ストーブの使用中は、1時間に1~2回(1~2分)程度換気を行ってください。換気は2ヶ所以上の(風の出入のある)開口部を設けると効率良くできます。石油ストーブは、室内の空気を使って燃焼するため、換気が不十分だと室内の酸素が減少し、不完全燃焼による一酸化炭素(CO)中毒にいたるおそれがあります。」このように、高気密住宅でなくても1時間に1時間に1~2回(1~2分)程度の換気が必要になりますので、高気密住宅の場合、これよりも頻回に換気が必要であると考えられます。しかし、室内を効率よく暖めるために高断熱・高気密な住宅にしているのに、1時間に何度も換気をして室温を下げるのは本末転倒となるということから、石油ストーブ/ファンヒーターの使用は「できない」という表現にしています。
  2. 外気導入とは、屋外から薪ストーブに必要な空気を取り入れるシステムのことを言います。薪ストーブにダクトを取り付けて、直接外の空気を火室に送り込みます。負圧になっている高気密住宅でも、外気導入を取り付ければ薪ストーブを使用する事ができます。(出典:薪ストーブノート「薪ストーブの外気導入について解説 高気密住宅に設置できるの?」)
  3. 経済産業省 省エネルギー庁「知っておきたいエネルギーの基礎用語 ~新しい省エネの家「ZEH」
  4. 国土交通省「地域区分新旧表

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