建築とニワトリ

鳥取の建築家 PLUS CASA - インタビュー「建築とニワトリ」

2023年『PAPER LOGOS Vol.11』の取材で出会った編集者・ライターの唐澤和也さんが鳥取大学で「地域プロジェクト論・インタビュー概論」について講義されるとのことで受講しました。講義は全3回、実際にインタビューを行いテキストにまとめるという課題。

さてどうしよう。誰にインタビューする?

課題提出期限が迫る中、悩んだ末…公私ともにパートナーである小林和生を題材にすることに決めました。

2001年に京都から和生の故郷である智頭町で暮らし始めて20年以上。この機会に、仕事や暮らしを振り返るとともに、彼の興味や日々の心境を改めて聞き、今後に活かしていきたい。そんな思いで夕食後、和生が淹れてくれた珈琲を飲みながら、インタビューを行いました。といっても、いつも通りの日常会話の延長ですが(笑)。

唐澤さんに添削していただいた課題テキストです。ご笑覧ください。

インタビュー・文/小林利佳


.

小林利佳(以下、利佳)インタビューよろしくお願いします! まず初めに、建築を志したきっかけを教えてください。

小林和生(以下、和生)知ってるやん。

利佳それ言うたらインタビューにならへん。私が知っていることも話してください。

和生はい。きっかけは、親父が大工で建築を稼業としていたので、物心ついたときには「建築やるんだ」って洗脳されていた。それで米子高専に進学したけれど、設計が面白くて! 一般教養はあまり勉強しなかったけれど、設計は好きで頑張っていたから設計の道に進みました。親父は大工になってくれると思っていたけれどね。

利佳就職先は、京都の設計事務所でした。智頭町にUターンして独立しようと思った時のことを教えてください。

和生京都で働いていた時は、毎日仕事を終えて家に帰るのが夜中の12時過ぎてから…。ずっと利佳と子どもと2人で暮らして、生活は任せっぱなし。結婚しているのに別々の時間を過ごしている感覚だった。そんなことを悩んでいる時、たまたま親父が工務店の番頭さんが辞めたから工務店を手伝ってくれないかっていう連絡をくれたのと、幼馴染の横田が俺の家※1を設計してくれないかって言ってくれた。その3つのタイミングが重なったことで、京都か智頭どっちで独立しようかってずっと悩んでいたけれど、自分の中で「こういうことなのかなぁ」と思って利佳に「智頭に帰りたい」って相談して、それでOKしてもらって智頭に帰ってきました。

鳥取の建築家 PLUS CASA 鳥取県八頭郡智頭町
PLUS CASAの拠点、鳥取県八頭郡智頭町南方

利佳「田舎で設計事務所を開設しても食べていけない」って反対されたりもしたけれど、かれこれ20年以上経ったね。では智頭町に戻って2人で設計事務所を営んでいること、どう思っていますか?

和生最初は利佳が育休中で、1人で仕事していて、その頃は嫌だった。何が嫌だったかって、建築以外の会社経営とかがストレスで。利佳が育休明けに、組織変更をして会社を整理出来て楽になった。2人でやるようになってからは本当に助かっているよ。いつでも相談できるパートナーがいるっていうのはありがたいことだと思っていつも感謝しております。

利佳次の質問です。よく2人の作業分担について聞かれるけれど、その時はどう答えていますか?

和生そうねえ。はじめの構想を考える段階では、いろいろ2人でディスカッションするけれど、それをまとめたり形を決めたりという設計の初期段階を利佳が考えて、途中からバトンタッチして僕が引き継ぐっていう流れになっている。どちらかっていうと、利佳の方がそういう部分を考えることに向いているし。利佳がアイデアを出して方向づけて、僕が実施設計をして建築にする。建築にするために業者と打合せしたり指示出したりとか、お金のことを調整するとか。

利佳作業分担の話ともリンクするけれど、職住一体の暮らしをしています。その暮らし方についてどう思っていますか?

和生正直最初はあまり自分には向いてないと思っていた。オンとオフがハッキリしたほうがいいと思っていて。まあずっと京都で働いていた時も、智頭に帰ってきてからも仕事場と自宅は離れていて、家に帰ったら仕事のことは忘れて、オフに入るっていうのがやり慣れていたから。けれど今ここでの生活は、2階の居住空間からすぐまた下りて行ったら仕事できるし、どこまでが仕事でどこまでが休みなのかという境界線がちょっと曖昧になる。それは職住一体っていうよりも、利佳とパートナーを組むようになったっていうことも大きいけれど。例えば家でリラックスしていても仕事の話とかに発展するやん。そういうのはちょっと…今でもあんまり好きではない。でも利佳が「職住一体の暮らしがしたい」って言ってここをリノベーションして、今とても楽しそうに暮らしているから、悪くはないなと思っているよ。

利佳職住一体の暮らしは、私の理想やったからね。以前の暮らしは、子どもたちだけで留守番とか当たり前。家事育児の両立にフラストレーションを抱え、仕事することに罪悪感を抱くこともあった。だから暮らし方だけでなく、働き方もデザインしたかった。今、私は満足しているよ。質問に戻ります。智頭町で暮らしていて、今一番興味のあることは何ですか?

和生そうねえ、まずこの町の歴史。智頭の山城に登ったりとか、芦津集落※2のワークショップに参加したりとか。自分が生まれ育って今も暮らしている智頭町の歴史、どんな流れで自分に至っているのかっていうことや、そういう関係性みたいなのを見つけるのが面白いかなと思って興味がある。

利佳ここ最近、私たちが暮らす集落で、お年寄りから昔の話や営みなどの聞き書きを始めたけれど、もう一歩先に進めるためには何が必要だと考えていますか?

和生来年度になったけれど(文化的景観の)調査依頼の仕事、それもいろいろと発展したりしないかなっていう期待はしている。この辺の集落も、一軒ずつ家屋調査みたいなことをしても面白いかもね。あとは少し若いお年寄りが知らなかったりすることもあるから、今のうちにもっと長老たちから、昔話や行事とかをきちんと聞いて記録しておきたいね。

利佳冬でも暖かい日は散歩されているから、一緒に日向ぼっこしながら昔話聞いてみたら楽しいかも。見かけたら声かけてみよう。じゃあ暮らしや仕事で大切にしていることやこだわりはありますか?

和生暮らしのリズム。朝はニワトリの世話、12時になったらお昼ごはん食べるとか。

利佳リズムってルーティーンのこと? ちょっと一日の理想のルーティーン言ってみてください。

和生一日の理想ねえ…朝起きます。食洗器の食器を片付けます。それからニワトリの世話をする。そのあと採ってきた卵を3つ目玉焼きにして朝ご飯作って食べ終わったら、歯磨きをして仕事します。一区切り着いたら12時ぐらいになっていて、お昼ごはんを食べます。お昼ごはんのあと、ちょっと昼寝します。お昼休憩のあと午後の仕事をして、夕方になったらニワトリの世話をしてから筋トレをして、晩ご飯までまた仕事。晩御飯食べて後片付けしてから、コーヒーを淹れる。コーヒーを利佳と一緒に飲んで、それからまた仕事してお風呂入って寝る。あとは月に2回はキャンプに行けるのが理想!

鳥取の建築家 PLUS CASA 飼っているニワトリ

利佳私はルーティーンが苦手。その時の気分と感覚で動きたいから、いつも合わへんよね。それに対してストレスありますか?

和生各自好きにしてよかったらいいけれど、時々好きにしていたら「これ食べたらあかん」とか言われるし…。

利佳それルーティーン違うやん。晩ごはんのおかずを、お昼ごはんに食べるから「あかん」言うねん。もうその話いいわ(笑)。次の質問です。建築を考えるときのアイデアとかヒントとかって、どこから湧いてきますか?

和生あれじゃないの、やっぱり普段建築とか見たりした自分たちのストックというか。アイデアのストック、知識のストックから引き出してくるんじゃないの? クライアントの要望を、自分の持っているアイデア出して解決することが一番いいのかなぁと考えている。それをお互いに引き出しから出し合っているんじゃないかと。

利佳その引き出しのストックはどうやって増やしているの?

和生積極的に建築を見ること…、でもまあ最近そうでもないか。基本的に好きだから建築も雑誌も見るけれど、雑誌とかメディアとかで活躍している建築家の建築作品とかを見て、あんまり参考にしたらあかんのかなぁって思っている。もちろんデザイン手法や納まりとか参考にして知識をストックするけれど。ただ、都心部の人が当たり前って思っていることや価値観は、ここで暮らしていたら全然違うし。都心部の建築家と同じ方向を向いていたらあかんっていうのは、数年前に気づいた。雑誌に載る建築や奇を狙ったデザインを優先するようなアイデアストックを増やすのではなく、できたらこの地域に由来するような答えが出せるストックを増やしたい。この地域とか、こんな鳥取の田舎の山奥で建築設計事務所を営んでいるっていうことが我々の強みというか。他の設計事務所には持っていないアドバンテージがあると思うから、もっとそれを活かせる仕事ができたらいいなと思う。なかなか難しいけれどね。

利佳同じ建築を見ても2人の見方が全然違うから、そのズレも楽しみたいね。お互い違うアイデアのストックをたくさん作りたいから、もっと積極的に建築も見に行こう。これからまだずっと建築を続けていくだろうけれど、どんな将来のビジョンを描いていますか?

和生「楽之※3」ができて、すごく智頭町がいいようにシフトしたなぁって感じている。「楽之」の企画段階から関われたことは、いい経験だったと思う。「プラスカーサが町にいたから智頭町がこんな風によくなった」って、後々言ってもらえるような存在になれたらいいなと思う。そういう活動が引いては今の建築業界に一石を投じるみたいなことになれたらいいなと思うけどね。

利佳古谷さん※4が、「地域に一人建築家がいて、その地域のことをずっと考えていくことが大切」とJIA中国建築大賞特別賞受賞時の講評で言ってくださったみたいなこと?

和生そうね、まあそういうことが地方の個性をそれぞれ伸ばしていける本当の意味での地方創生だと思う。今は地方の建築家といっても、東京近郊以外みんな地方の建築家って概念になっている。だから地方っていってもみんなまあまあの都市部、地方都市やん。でもプラスカーサは人口約6000人の智頭町にある。八頭郡智頭町大字南方の設計事務所なんてなかなかないわけでさ。

利佳大字南方「字」やもんな!

和生そうそう、僕らのやっているような生き方とか働き方に憧れて若い建築家が地方に根を下ろして、日本の各地の田舎を特色づけて日本を面白くしていけたらすごくいいんじゃない。

利佳そういう意味でも、ニワトリを飼っている設計事務所ってなかなか無いやん! ニワトリも飼い続けてください。

和生えー、それはどうかな。今のニワトリたちが卵産まなくなったら新しいニワトリ飼うか分からんよ。

利佳そうなん? もう卵は買わへんで。うちで採れた卵しか食べたくない。烏骨鶏も飼ってみたいし。

和生利佳に言われて始めたけれど、ニワトリを育てて、その卵を毎日食べて暮らすとか、この周辺で集めた薪で暖をとるとか、山水を飲んで生活しているとか。そういう昔は当たり前だったことに立ち返ってもいい部分があるなっていうのは実感するなぁ。建築を考える価値観にもいい影響があるし。言われてなかったら、ニワトリと一緒の生活はやってへんけどな。キャンプもそう。利佳に言われて始めた。キャンプは一生続けたい。そうね、ニワトリも…続けるわ。

利佳じゃあキャンプとニワトリとの生活は続けてください。最後に、何か伝えたいことはありますか?

和生これからもよろしくお願いします。

利佳こちらこそ、よろしくお願いします。インタビューありがとうございました。

.

.

珈琲を飲み終わる頃、インタビューが終わりました。会話からもお分かりのように、性格や趣味嗜好が異なる私たちですが、「智頭町での田舎暮らしを楽しむ」という点は共通しています。そのことが、私たちの大きなアドバンテージであることを改めて実感しました。

インタビューでも触れていますが、最近私たちの暮らす米井集落のお年寄りたちから、暮らしや文化などについて昔話を聞いたり、昔の道やイトバ跡を地図にプロットしたりなど聞き書きを始めました。そこから見えてくる、都会の資本主義とは異なる価値観から建築を表現していきたいと考えています。

地方には社会問題を解決する突破口があり、それを見つけ出すことが建築家の使命だと信じています。これからもニワトリを飼いながら、智頭町で建築を通じて地域の魅力や可能性を探求していきたいです。

鳥取の建築家 PLUS CASA 飼っているニワトリ

  1. 2002年PLUS CASA処女作「CASE-C/Y
  2. 和生の母の故郷
  3. 2019年智頭町にて設計監理をした飲食店兼ゲストハウス(関連記事
  4. 建築家/古谷誠章さん