タルマーリー智頭店

“パンを作れば作るほど、地域社会と環境が良くなっていく”事業を目標に、野生の菌だけを発酵させてパンとビールを製造するタルマーリー

著書である「田舎のパン屋が見つけた『腐る経済』」や「菌の声を聴け」が海外でも翻訳され、その理念に共感した人々がコロナ前には世界中から訪れる人気店の智頭町内2件目の店舗は、智頭駅から徒歩圏内に一組限定の宿を併設したカフェです。

またこの建築は、カフェと宿の機能だけでなく「糀の降るまち」をコンセプトに智頭町固有の自然や文化的資源を再認識し、都市一極集中ではない、地方の価値を見つめ直した自立・分散型社会の形成を目指し立ち上げたまちづくり団体「智頭やどり木協議会※1」の活動拠点にもなり、まちの情報発信や空き家相談などのほか、地域資源を活用したエコスタディツアーや心豊かな暮らし方の提案も行う場となる構想も併せ持っています。

荒れ果てた空き家だった頃

敷地は、江戸時代に鳥取藩最大の宿場町として栄えた智頭宿の一角に位置します。車両の侵入はほぼ無く、通学する小学生や近隣の方々、観光客など多様な人々が通る前面道路と建築との高低差のバランスが面白く、視線は合わないのに内外ともに存在は感じられます。

築75年、編み物教室が営まれていた建物は、約10年間空き家でした。
編み物を行うだけでなく、当時では珍しかった紅茶とクッキーで楽しくおしゃべりなども繰り広げられていた空間。住宅とは異なる広間が、当時の記憶を継承しているような雰囲気のいい建物でした。

その空間に目を付けたのが、セルフリノベーションでの店舗づくりを3回経験しているほぼ職人のオーナー格さん。もちろん今回も、セルフで作業が始りました。
工事にかかってからも常に「より良くしたい!」という強い思いで何事にも妥協せず、挑戦と失敗を繰り返しながら経験を重ねていく。タルマーリーのパンやビールもこのような思いで作られているのだと感銘を受ける空間づくり。現場に行ったら、打合せと全く違うことになっていて驚いたことも!笑

オーナー自ら丁寧に解体された床材は天井材として再利用し、新しい価値として再生。またオーナーのお母様が制作されたステンドグラスの作品やアンティークの家具、建具などがバランスよく配され、タルマーリーの世界観が存分に表現されている面目躍如たる空間で、とても居心地のいい場となりました。

カフェ中央には井戸を再利用した井戸端テーブルもある

一組限定のゲストルーム

洗面、浴室、トイレなど既存タイルも出来る限り活用

私たちはいわゆる“意匠設計”としての関りではなく、既存建物調査、測量、企画、ゾーニング、法規・構造・工事費のチェック、工法・建材の助言、見積図面作成、地元業者の紹介、施工状況の確認…など専門性の高い部分を補助する立場を一貫しました。そのことで、よりタルマーリーらしい空間づくりに寄与できたと実感しています。

いつから建築は専門家だけで作り、素人が関わりにくく自由が無くなってしまったのか?専門家として生命を守るための法規や構造は必須だけど、小さな町の小さな空き家改修くらい、もっと自由な表現の場であってもいいのではないでしょうか。どことなく町のアイデンティティが表現された個性ある建築で町並みが作られる。地元建築家として、それらを緩やかに導くことで豊かな地域性を作り出すことが出来るはずです。

建築家の塚本由晴氏はJIA MAGAZINE 398の対談「資本主義の一歩外側に踏み出す建築を」の中で、「普請※2―請負」を横軸に、「専有―共有」を縦軸にした4つの象限を用いて、資本主義的な社会性の中で現在の建築はほぼ請負と専有の第一象限にあるが、もっと社会性の揺らぎが必要で、第2、第3、第4象限を豊かにしていけるのは建築家だと語られています。空き家問題、高齢化、人口減少、産業の衰退といった社会的課題に加えコロナ禍によって新たな国土構造が問われている今、その答えは地方にこそ埋もれていて、それを見つけ出すのが建築家の使命だと、私たちも共感しています。

そんなことを考えながら、ここからもっとアップデートしていくタルマーリー空間や、地域がもっと楽しく豊かになっていくことを想像しつつ味わうタルマーリービールはいつも以上に美味しくて、ついつい飲み過ぎてしまいます。

  1. 小林利佳を含む鳥取県智頭町の宿泊、飲食、デザイン、建築…と、それぞれの分野で技術を持ち、事業に携わる女性4人で2020年に立ち上げた。
  2. 普請とは元々禅宗の用語。あまねく人々に呼びかけて共に力を合わせて労役に従事し事をなすこと。

Photo by Kota Aoki

タルマーリー智頭店
住所:〒689-1402鳥取県八頭郡智頭町智頭594
TEL:0858-71-0139
営業時間:12時~18時
定休日:火・水曜休(冬季休業あり)

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